8/06/2008

Rolleiflex SL66



「遅れてきた名機」

Rolleiflex SL66は6x6判の一眼レフカメラである.1966年のフォトキナで発表され,以後1982年まで15年以上の長きに渡って製造されたロングセラーである.TTL測光及びTTLフラッシュ測光を内蔵したSL66EとSL66X,さらにスポット測光を可能にしたSL66SEといった後継機種に発展し,シリーズとしては1992年まで続いた.













SL66は,二眼レフ人気の翳りと,1948年の発売以来6x6判一眼レフとしての地位を着実に築いてきたHasselbladに対抗すべくRolleiが打ち出した一つの回答である.前後に長いボディー形状,フードを開けて上からファインダーを覗くスタイルや,レンズ,フィルムバック,ファインダーが交換可能であるといった点は類似するものの,いくつかの点にRolleiの独自性を見ることができる.最も大きな点は,カメラ本体に内蔵された蛇腹繰り出し式のフォーカシング方式を採用したことであろう.これにより,ボディーサイズは大きくなったものの,近接撮影に絶大な威力を発揮することになった.同クラスの一眼レフに比べて被写体に寄れることに加え,レンズを逆向きにマウントすることもできるため,近接撮影では画質の劣化が少ない点で有利である.また,蛇腹の採用により,装着するレンズに関係なく上下方向のティルトでピント面を調整することが可能となったこと(右写真),内面反射が少なくなり画質向上に一役買っていることも大きなアドバンテージである.

レンズが交換できるのは二眼レフのRolleiflexシリーズになかった一眼レフの大きな利点である.二眼レフシリーズと同様,Carl Zeissがレンズを設計している.手元にある1973年2月のカタログには,30mmの魚眼から1000mmの反射望遠まで14本のレンズがラインナップされている.既に当時でも一部のレンズにはRolleiがCarl Zeissと共同開発したコーティング技術であるHFT(High Fidelity Transfer)コーティングが施されていたことがわかるが,1980年代にはほとんどのレンズがHFT化された.HFTレンズの方が当然逆光に強く,特に広角レンズでは違いが出やすいと言われる.レンズのHFT化に伴って,一部のレンズの製造はRolleiが担当するようになったため,同じHFTレンズでも,Rollei製とZeiss製が存在するケースもある.また,東欧輸出用に「Carl Zeiss」の代わりに「Oberkochen OPTON」の刻印が入ったレンズも存在する.HFT導入後には新設計のDistagon 40mm F4 FLE(近距離撮影時の収差増大を補正するためにフローティング機構が付き,さらにコンパクト化された),Distagon 60mm F3.5,Makro-Planar 120mm F4,シフトによるパースペクティブコントロールを可能にしたPCS-Rolleigon 75mm F4.5などの新しいレンズもラインナップに加えられた.カメラの構造上レンズ側にピント調節機構が必要ないため,フランジバックさえ確保できればレンズマウントを改造することで様々なレンズが装着できる.サードパーティー製のレンズも多数あり,引き伸ばしレンズをSL66マウントに改造したものも中古で比較的よく見かける.

SL66はレンズ以外にも数々のパーツが交換可能であり,多くのアクセサリーが用意されていた.ファインダー関係では,標準装備のウェストレベルファインダーはペンタプリズムやマグニファイヤーに交換可能であり,各種ファインダースクリーンも揃っていた.標準の6x6判120/220フィルムバックも交換式で645判やポラロイドバックが使用できた.近接撮影用のエクステンションチューブ,延長用の蛇腹やフォーカスレールなども一通り用意されていた.

私のSL66は,非常に安価で手に入れたにもかかわらず実に状態がよく,外見もほとんど傷がなくきれいである(購入時のテスト撮影で特に問題はなかったのでオーバーホールはしていないが,ファインダースクリーンだけはオリジナルのものが暗くてピントが合わせづらかったので二眼Rolleiflex同様にMaxwell製のものに交換した).シリアルナンバー(2923###)から推測すると,1970年代終わりに製造された個体のようである.実際に手にしてみての印象は,その大きさもさることながらレンズなしでも2kg近くあり,取り回しはよくない.せっかくレンズ交換ができるのだから交換レンズも一緒に持ち出したくなるし,ティルトや近接撮影のための三脚や,予備のフィルムマガジンも,というようなことになると,二眼Rolleiflexのように気軽に持ち歩くというわけにはいかなさそうだ.

撮影時は,ファインダーフードを開けて上から覗き込み,右手側のクランクでフィルム巻上げ・シャッターチャージ,左手側のノブでフォーカス,そして右手人差し指でシャッターを切るようになっているので,手持ち撮影の場合は一連の操作の中でカメラを左右の手に持ち替えなければならず煩雑であるが,二眼レフのRolleiflexに慣れた人ならばほぼ同じ感覚で操作できる(というよりもむしろそのように配慮して設計されたのであろう).標準のファインダーフードはプリズムと交換可能.プリズムを装着すると戦闘的な外観になり,一眼レフの雰囲気が出るような気がする.シャッターはやや重くストロークも長めで,切ると「バシャッ」という大きな音がする.ブレには細心の注意を払う必要があるが,ミラーショックは意外と小さい.フィルムマガジンの遮光用の引き蓋を抜いておかないとシャッターが切れない(しマガジンを取り外すこともできない).無理に操作すると故障の原因となるので注意が必要である.

現在手元にあるレンズは,Distagon 50mm F4,Planar 80mm F2.8,Sonnar 150mm F4の3本である.その描写は,期待を裏切らない素晴らしいものである.とにかくクリアで抜けがよく,隅々までシャープで,特筆すべきはその濃厚な色再現であろう.SL66のピント調節はボディー側の蛇腹の伸縮によって行うため,レンズについているのは絞りリングのみでピント用のヘリコイドはない.蛇腹は標準~望遠系まで想定した繰り出し量(最大50mm)が確保されているため,広角レンズだと相当に寄れるのが面白い.等倍以上の倍率での撮影では,画質の低下を抑えるためレンズを逆向きにセットすることもできる.

[Distagon 50mm F4 HFT] 35mm判で焦点距離28mmに相当する広角レンズである.80mmとの間を埋めるDistagon 60mm F3.5の登場が遅かったため,SL66用の広角レンズの代表と言える存在はこの50mmで,中古市場でもよく見かけるレンズである.クリアでシャープ,色出しも驚くほど鮮やかである(やや黄色味が強いような気もする)が,嫌味なところはなくちゃんすっきりとした鮮やかさである.難があるとすれば,レトロフォーカスタイプのためかボケ味がうるさく感じられるときがあることだろうか.35mm判における28mmは私が最もよく使う焦点距離だが,35mm判の3:2の長方形の画面と6x6判の正方形の画面では対角画角は同じでもファインダーを覗いたときの印象は異なるので,まったく同じ感覚では使えない.

[Planar 80mm F2.8 HFT] 35mm判で焦点距離43mmに相当する標準レンズである.SL66はフランジバック(レンズマウント面からフィルム面までの距離)が100mm以上もあるので,全長の短いこのレンズは装着するとほとんどの部分はボディーに隠れてしまい,外側に出ている部分はほとんど絞りリングのみ.そこだけ見ればパンケーキレンズと言ってもよいかもしれない.二眼のRolleiflex 2.8についているレンズもPlanar 80mm F2.8,Hasselbladの標準レンズもPlanar 80mm F2.8であり,それぞれにレンズ構成やコーティングは異なるが,標準レンズだけに多くのライバルが存在する.ピントの合ったところは極めてシャープで,そこからなだらかに美しくボケていくのはさすがPlanarである.ファインダーは明るいのだが,被写界深度が浅いためピント合わせが難しいときがある.マゼンタのレンズコーティングがとても美しく,見とれてしまうことしばし.

[Sonnar 150mm F4 HFT] 35mm判で焦点距離85mmに相当する中望遠レンズである.このレンズもまったく欠点の見つからない,素晴らしい性能を発揮する.これくらいの焦点距離だと,自分としては望遠による圧縮効果を狙うよりも近づいて背景をぼかす使い方がメインになるが,ボケ味も非常によい.

SL66用の50mmから250mmまでのレンズのフィルター径はBay VIというRollei独自のバヨネット形式である.Bay VIのフィルターは現行品ではあるが高価であり探すのにも骨が折れるので,私はBay VI→67mmの変換アダプターを購入し(日本のメーカーではケンコーが販売している),通常の67mm径のねじ込みフィルターを使用している.フードは広角(50mm)用と標準~望遠(80~250mm)用があるが,いずれも角型で見栄えはよいもののプラスチック製なのがよろしくない.私の手に入れたものは両方とも古いせいか内側のつや消し塗装が剥げてきていたので,反射防止用にパーマセルテープを内側に貼り,さらに保護用に外側にも貼ってある.意外と必要かもしれないのは三脚用のクイックシューである.下方ティルトをするとボディー前板全体が下がるため,三脚座に直接または通常の板状のクイックシューアダプターを介して固定すると前板と三脚座が干渉してしまうことがある.その点専用のクイックシューはわざと背が高くなっていてこうしたことが起こらないようになっている.作りも頑丈で,ボディーをしっかり固定できる.

SL66の登場時にはライバルのHasselbladの発売から既に20年以上が経過しており,Hasselbladにはない独自性は示したもののそのスペックは当時既に目新しいものではなかったであろう.結局,SL66は最後までHasselbladの地位を脅かす存在とはならなかった.Rolleiが一眼レフ市場にもっと早く乗り込んでいたら,もっと違った展開があったかもしれないと思うと少し惜しい気がする.しかし,登場は遅れたもののSL66は素晴らしい性能を有する名機である.当時のスペックの差異が大した意味を持たなくなった現在こそ,SL66の名機ぶりが評価されて然るべきではないだろうか.

Rolleiflex SL66
Lens Mount: SL66 Bayonet
Shutter: 機械式布幕フォーカルプレーンシャッター B, 1 - 1/1000

参考資料
  1. Evans, Arthur G. Collectors guide to Rollei cameras. Grantsburg, WI, US: Centennial Photo Service, 1986. ISBN 0-931838-06-1 [英語]
  2. 『季刊クラシックカメラ18』 (特集 ローライ) 双葉社 2002.
  3. 『写真工業』 (1967年5月号・ローライの一眼レフSL66を分解する) 写真工業出版社 1967.
  4. SL66.com [英語]
  5. クラカメ探検隊・ローライSL66編

2 Comments:

私は入れ込んでいますが,主流とは言えないSL66の紹介記事を書いてくださり大変嬉しいです.今後ともお仲間としてどうぞよろしくお願い致します.初期型SL66はシリーズの中で最も工作素材と精度が高かったと言われていますね.良くお世話になる店舗は,機械的に磨り減る材質は無く,実際磨り減った個体を見た事が無いし,落下で凹んだダイカストを叩き出せば元通りになるとまで言います.ご愛用になれると信じています.
マックスウェルのスクリーンは話には聞いていましたが,ちゃんとしたサイトがあるんですね.ご教授頂きありがとうございました.

>lensmania様

駄文にお付き合いくださり,大変うれしく思います.こちらこそよろしくお願いいたします.

SL66は,重いことを除けばとても気に入っています.独特の仕様も魅力ですが,やはり写りがすごいと思います.事情で最近は更新が滞っておりますが,これからもSL66を使ってガンガン撮ろうと思っています.機会がありましたがまたいろいろご教授ください.