2/08/2007

Microflex


MicroflexはMPP(Micro Precision Products Ltd.)製の二眼レフカメラである.MPPはかつて各種大判カメラや引き伸ばし機,プロジェクターなどを手がけたイギリスのメーカーである(1941年設立,1982年解散).第二次大戦後,イギリスのカメラ産業は衰退の一途をたどっていたが,二眼レフ全盛期も終焉を迎えつつあった1958年にMPPが世に送り出した名機がMicroflexである.

このカメラは,先行のMicrocord(1951年発売)の上位機種に当たる.MicrocordがRolleicordを基に設計されたように,MicroflexはRolleiflexを手本にしている.実際に使ってみると,シャッターやノブ類の配置や操作性はRolleiflex,特に3.5Eシリーズと似ていて,とても使いやすいカメラである.フィルム巻き上げがやや不安定だが,各部の動作や作りも余分な遊びがなくしっかりしている.露出の設定は「ライトバリュー方式」となっていて,シャッタースピードを変えると同じ露出値を保つように絞り値も連動して変化する.操作上の違いはフィルム装填時にフィルムのスタートマークをカメラ側の指標に合わせてセットしてから巻き上げを開始する点(スタートマーク式;Rolleiflexはフィルムをセットして巻き上げるだけで1コマ目を自動的に感知するオートマット式).フィルターやフードはMPP純正品が発売されていたようであるが,現在では手に入りにくい.しかし,Rolleiflex用のBAY1型のものが使用可能なので問題ない.問題はファインダースクリーンがとても暗いこと.暗い場所ではピント合わせにはかなり苦労する.実写してみてのピントの歩留まりは意外とよかったが,どうにかして明るいスクリーンに交換できないものだろうか.

撮影レンズは,MPPが設計しレンズメーカーとして名高いTaylor Taylor & Hobsonが製造したMicronar 77.5mm F3.5である.当時のほとんどの二眼レフの例に洩れず3群4枚構成のTessarタイプであるが,77.5mmという珍しい焦点距離になっている(大抵のレンズでは焦点距離の公称値と設計値の間に数ミリの差があるのが普通なので,この場合75mmと言っても80mmと言ってもいいような気がする・・・でも10分の1ミリまで表示しているということは,誤差も10分の1ミリのオーダーなのか?).レンズ前枠には小さいながらもしっかりと「ENGLAND」という刻印が入っている.

Micronarレンズの描写は,まず非常にクリアでシャープであるというのが第一印象.色再現も派手さはないが忠実で,オールドレンズだからといって渋くなることもない.ボケ味も素直だし,Tessar型にありがちな焦点移動も少ないようである(実はこのレンズがTessar型初体験である).RolleiflexのPlanarと比べると,モノの立体感や質感の再現という点において僅かに荒っぽい感じがするものの,総じて非常に高性能なレンズだと思う.また,ボディーの内面反射防止処理も十分配慮されており,これも描写の向上に大きく貢献していると思われる.


前面上部に入っている「MICROFLEX ENGLAND」のロゴは角の取れた書体で書かれており可愛らしいが,レンズ周りのバヨネット部分以外は前面は黒塗りになっていて,全体としては重厚な印象を与える.作りもしっかりしていて,丈夫そうである.注意しないと見落としてしまうかもしれないが,絞りやシャッタースピードの各ダイヤルの中心には赤いガラス(プラスチック?),フラッシュ切り替え兼セルフタイマー作動レバーの先端には緑のガラスがそれぞれ埋め込まれていて,デザインにもちょっとした気配りが感じられる.



純正のフードには,トリプレットレンズを模した図形の中にMPPのロゴが入っている.ロゴは刻印ではなく薄い金属のプレートが貼り付けてあるのだが,かなり目立つ.形状はRolleiflexのBay 1フードとほぼ同じである.ただし,Microflexはバヨネットの爪の配置がRolleiflexのそれと180度逆転しているので, Rolleiflex用のフードをつけるとフード上面のロゴが下に来てしまう(機能としては問題ないが).純正フードでは当然そのようなことは起こらない.



MicroflexはイギリスのRolleiflexを目指したMPPの意欲作であったが,不運なことにその発売時期に重なってイギリスの輸入規制が撤廃され,定評のあるドイツ製カメラがイギリス国内に大量に流入した.その結果Microflexは驚くほど安値で叩き売られることになり,商業的には成功しなかったようである.そして,MicroflexはMPPの最後の二眼レフカメラとなってしまった.また,オーバーホールをしてもらったリペアマンの話によると,内部構造(特にフィルム送り)がドイツや日本の二眼レフと異なることに加え,部品の質や工作精度がRolleiやYashicaの二眼レフに比べると落ちるらしい.従って,修理・調整が難しく,可能な限り調整したとしてもRolleiのような使用感は望めないとのことである.このあたりもMicroflexがメジャーになれなかった理由だろうか.レンズの描写が素晴らしいだけに,惜しい.


Microflex
Viewing Lens: M.P.P. 3.2/77.5
Taking Lens: M.P.P. Micronar 3.5/77.5
Shutter: Prontor S.V.S. B, 1 - 1/300

参考資料
  1. The MPP USERS' CLUB [英語]
  2. Skinner, Basil. Micro Precision Products: The MPP Story and the Products. Newquay, Cornwall, UK: MPP Publications, 2004. (pp. 53-56) ISBN 0-9546070-1-5 [英語]
  3. 『魅力再発見・二眼レフ』 (写真工業8月号別冊) 写真工業出版社 2006.(pp. 172-173)